【本】『凍』沢木耕太郎
「なんとなく時代の先行きを見過ごすことが上手で波乗りが上手い人」と聞き、すぐに頭に浮かんだ一人が、作家の沢木耕太郎さん。
『深夜特急』を初めて読んだときの衝撃。スマホもガラケーもない時代にバックパック一つで、香港からロンドンまで海外を旅した彼。あれから30年以上経った今でも、彼しか発することのできない言葉を、独特の視点と文体で紡ぎ出している、波乗りの達人です。
その中でも特に、登山に人生を捧げた伝説のクライマー、山野井泰史・妙子夫婦を描いた『凍』にはしびれました。
度重なる凍傷で失い、手足の指は夫婦合わせてもたった六本。無駄なものを全て削ぎ落とし、ヒリヒリするような極限の選択の連続。
その名作『凍』が、昨年J-WAVE開局30周年記念でラジオドラマ化された時のインタビュー。沢木耕太郎さんの旅への想いで、1年半たった今でも心に残っているエピソードがあります。
「ボクは旅先でよく地元の方に
話しかけるんですよ。」
「駅はどっちですか?」
「バスはこれでいいんですか?」
「ここへ行くのはどう行けばいいんですか?」
挙げ句の果てには「今何時ですか?」。
元祖バックパッカーの彼が、自分で調べて目的地まで行けないはずはありません。
それでもなおかつ、話しかけ、あえて現地の方々との雑談に重きをおいているその姿勢。
タイムマネジメントをして、いらない時間を削り、そのできた大切な時間でいったい自分は何をしたいのか?
誰と一緒に、どこで、どんな風に時間を過ごしていきたいのか。 好きで、得意で、みんなが喜んでくれる顔を見て、自分も幸せになれることって何だろう。
時代の波を敏感にキャッチし、アンテナを立て、時代の波に乗り続けている沢木耕太郎さんが大切にしている雑談力。
バックパックの中身を厳選し、身軽になったとき、最後に残るのは、
いくら増えても重くならない言葉の力かもしれません。
私の知識の足りなさを補ってくれる笑顔の力かもしれません。
ちなみに『凍』のモデルになった山野井妙子さんは、海外登山遠征に行くために、NHKラジオ英会話を8年聞いて英語をマスターしたという、英語界でもレジェンド。
なんでもコツコツ取り組む憧れの方の一人です。